朝日新聞 朝刊(平成29年3月9日)に「ブラインドメイク物語」が掲載されました。

ブラインドメイク物語の画像

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記事内容

目が不自由でも自力でフルメイクができる化粧法「ブラインドメイク」。その出会いと、自分の人生について視覚障害者の女性7人が書きつづった本が8月に出版
される。より多くの人に読んでもらおうと、資金の一部をクラウドファンディングで募っている。
東大阪市の松下恵さん(56)は7歳で左目の視力を失った。以来、右目だけで、仕事に励み、3人の女の子を育て、車の運転もしていた。
2002年4月。42歳の時だった。家の階段を上っていると、突然、視界が真っ暗になった。ポケットから手探りで携帯電話を取り出し、夫に連絡した。「目が見えへんねん」 網膜剝離だった。右目の視力も失い、これから人の世話になって生きていくしかないのか。一時は、死ぬことも考えた。 
視覚障害者を支援する「日本ライトハウス」(大阪市鶴見区)に初めて足を運び、多くの視覚障害者に会った。自分も1人で歩いたり、生活したりできるようになろうと、1年間、歩行や生活の訓練を受けた。 
 1人で外出できるようになった時、近所の人に言われた。「白杖を持って出歩くと、娘さんの縁談に差し支えるんじゃない?」。また、家にこもるようになった。
指の感覚だけを頼りにつけていた口紅も、「はみ出してるよ」と娘に何度も注意され、諦めた。 
50代に入り、SNSでブラインドメイクを知った。「今さらお化粧だなんて笑われるかも」。2カ月近くメールを書いては消しを繰り返した。
意を決して、11年1月、ブラインドメイクを開発した日本福祉大学大学院博士課程の大石華法さん(51)=大阪市福島区=に連絡をとった。 
 ブラインドメイクは、両手を左右対称に同時に動かすのが基本。
ファンデーションや口紅は同じ量を両手の指につけ、均等に力を入れて塗布する。マスカラは液がつかないように、まぶたをテープで固定し、覆う。 「楽しくて楽しくて、なんだ、この世界は!って感じ」と松下さん。
最初は家族にも内緒だったが、大石さんから洗顔やスキンケアも学んだことで、友人に「私、自分でメイクしてるのよ」と言えるまで自信を取り戻した。
松下さんが1人で外出することを心配していた夫も、堂々と歩く妻の姿を見て、応援してくれるようになった。
「化粧をすることで、外出する気になるし、目が見えないことで何もあきらめなくていいんだ、と思えるようになった」
障害と向き合うため、大石さんの推薦で13年に日本福祉大学に入学。今月18日に卒業する。ブラインドメイクを教える化粧訓練士の養成にも携わり、視覚障害者の立場からアドバイスしている。 全盲になってから、距離ができた友人が何人かいる。「目が見える人にこそ、本を読んでほしい。私は私のまま、何も変わっていないことを伝えたい」 本の出版も企画した大石さんは、「目が見えないのに、なぜ化粧が必要なの?」とよく尋ねられる。
「障害者である前に、人間であり、一人の女性。社会が抱く偏見はまだまだ大きい」 今までメイクレッスンをしたのは200人以上。ほとんどの人から、障害によって、いかに多くのことを諦めてきたかを、涙ながらに打ち明けられるという。 「彼女たちの声を、私1人の胸に納めていてはいけないと思いました。多くの人に、この本を通して声を届けたい」 現在、出版資金の一部をクラウドファンディングで募っている。支援は1口3240円(本1冊の価格)から。支援額に応じた冊数を送る仕組みだ。
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